命日?

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今日はおじいちゃんの18回忌でもあり、3年前におばあちゃんが生前葬をした日でもある。

仏壇の掃除をして、ゆりの花と果物とおじいちゃんの好きだった豆大福を飾る。(なぜか果物の中にアボカドもあり。)

おばあちゃんはとっても変わり者。

「簡単よ~。お葬式すんでるんだから。でも野ざらしは困るから焼いてちょうだいね。7~8万ぐらいですむでしょう。」

『死』ってすごく怖いもののような気がするけど・・・
おばあちゃんと話していると拍子抜けする。

「でもそんなこと言ってずーっと生き続けちゃったりして。食べるばっかりだから。」

おばあちゃんは食べることが大好きで、そしてちょっぴり罪の意識を感じているよう。

よく「神様はひどいね。何でこんな社会の役にも立たない、食べるばっかりの者を何で召してくれないんだろうねぇ・・・」と言っている。

おばあちゃんは、最近ものごとがうまく運ばず鬱々としている私に、若い人は活気があっていいねえと言ってくる。
そうか?!
鈍感か嫌みか激励かとしか思えない言葉かけなんだけど・・・
でもそれは前ふりにすぎないよう。
ねー好きな人いないの?
と、隙あらば恋ばなに発展してくる。

そして自分ののろけ話へ発展する。
大好きだったんだろうな。おじいちゃんのこと。

おじいちゃんのワイシャツとかはまだ残っていて、最近もかわいい前かけに作り直して、身につけているのです。

そういうのいいな。

おじいちゃんはいなくなってもちゃんといるっていうか・・・

そうやって思い出したり、大切に思っていたりしていることでひとは生きつづけるんだなあ。

おばあちゃんは毎日感謝でいっぱいで、欲がない。

生きるだけ生き抜いてきた感じがある。

おばあちゃんはいつもテーブルの向こうで
「幸せね。」と言ってくる。
そうすると、ああそうだよなあと思う。

おばあちゃん、長生きしてください。
おじいちゃん、見守っていてください。

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